奈良大学通信まよい鹿

奈良大学通信教育部に入学しました

『葵上』 我らが六条ろくでなし ~歴史文学論⑥~

春のめざめは紫の巻 新・私本源氏 (集英社文庫)
お聖さんのパロディ版『源氏物語』の
『春のめざめは紫の巻』の一話
『六条ろくでなし』、爆笑しました。

他のお話も粒ぞろい。
『春のめざめは紫の巻』
『見飽かぬ花の赤鼻』
『やんちゃ姫玉かつら』
『六条ろくでなし』
『早口姫口ばやに恋を語る』
『浅はかの朝顔の恋』
『うつうつ空蝉の恋』
『恋はさんざん女三の宮』
源氏ファンなら、どの登場人物が
パロディの主役か一目瞭然。
六条御息所は「六条のオバハン」で、
光源氏は「ウチの大将」呼ばわり、
めちゃくちゃ面白いのです。

女三の宮と柏木の逢瀬がもう、
みずみずしくて、お聖さん、
わかってはるわぁ、と唸る出来。
自分をcocuにした柏木へ
「抹殺したります!」と関西弁で叫ぶ、
オジンで我儘でイケメンでおもろい
光源氏、これまた最高です。


さて、ご存じ光源氏
恋愛ハンター駆け出しの頃に
仕留めた大物、それが六条御息所
前皇太子の未亡人で
当代きっての趣味人、
顔を見せるなんて以ての外の当時は
その風聞だけで「美人」に相当。

美人で才媛、しかも年上の未亡人。
若い光源氏には
後腐れなく関われる相手でもあり
(実際は、ド腐れしましたが)。
歴史文学論ご担当の三宅先生も
六条御息所は結構普通の人」と
光源氏の言葉(severeな男です)で
テキストでも説明されています。

美人で才媛、でも見識は平々凡々。
この手合い、どこかにもいたよなぁ?
あ、『蜻蛉日記』の作者や!
……そりゃあ、プライド高いわ。
プライドは、劣等感の二つ名ですから。
ただでさえプライドの塊の六条御息所
とうとうプライドの権化と成り果てて。


葵上 (観世流特製一番本(大成版))
歴史文学論で用いる能楽テキスト
3部作の掉尾、『葵上』。
これは、女の嫉妬を描いた作品。
六条御息所の呪いを受けて伏せる葵上は
能舞台に寝かされた小袖で表現されます。

この演出、世阿弥が男女問わず
人間の嫉妬ってものを
身をもって知っている証拠です。
嫉妬は、相手なんか関係ない。
嫉妬は、敗北した自分自身への怒り。

葵上は、六条御息所のことなんか、
ひとつも敬っていないのです。
左大臣を父に内親王を母に持つ葵上。
前皇太子妃、自分の夫が捨てた元愛人、
そんな過去の栄光しかない六条御息所に、
葵上が臆する理由など、皆無でした。

だからこの能楽『葵上』、実は、
六条御息所の一人相撲でしかないのです。


シテ 〽わらはは蓬生の
地謡 〽本あらざりし身となりて 
    葉末の露と消えもせば
    それさへ殊に恨めしや
    夢にだにかへらぬものをわが契
    昔語になりぬれば
    なほも思は真澄鏡
    その面影も恥かしや
    枕に立てる破車
    うち乗せ隠れ行かうよう


鬼と化した自分はもう、
源氏に愛されることはない。
だから葵上も同じ目に、
生きて源氏に愛されないよう
死者の世界へ追い落とす。


ひどいなー、もー。
これは引くわー。
なんやねん、結局、
夫婦がHugする、そんな当然が
耐えられんのか、アホかいな。

ああ、これが、嫉妬ってものか。
どこまで行っても、私利私欲。

久々に『葵上』の詞書を読んでみて、
げー、こんな生々しかったんかい、
と茫然自失。
世阿弥って、人間をよく視ています。
しかし、時には自分の創作を交えます。

能楽『葵上』に於いては、
取り殺されるはずの葵上は生かされ、
横川の小聖の法力にて
六条御息所の生霊は成仏を遂げます。
源氏物語』とは真逆の結末。

むかしむかし、
心の病は物怪や生霊が理由とされました。
それで救われた人々、大勢いたかと。
物怪や生霊に責任をおっ被せられるので。
逆にそれによって苦渋した人もいたかと。
六条御息所は、
生霊を飛ばしてもおかしくない人、
そう思われていたということです。

現代人の目線では、
六条御息所は決して葵上や夕顔の
命を奪った殺人鬼ではありません。
しかし、『源氏物語』の書きようは、
六条御息所の生霊こそ下手人です。
だから世阿弥は罪を憎んで人を憎まず、
六条御息所の生霊だけ調伏させたのです。

だーかーら、能楽『野宮』で、
死後の六条御息所が現れます。
未だ源氏に心を奪われたままで。
未だ葵上に嫉妬したままで。
そう、『野宮』は夢幻能です。

生霊として鬼と化す『葵上』。
死後の霊魂として現れる『野宮』。
あたかも実在するかの六条御息所
読者から命を吹き込まれた、
まったき愛された女です。

能を勉強して思うこと。
日本人は、幽明境を異にしない、
そんな奇特な文化に芽吹く民族と。


話は最初に一巡して。
『六条ろくでなし』での六条御息所
六条のオバハンとして、
オンでは完全無欠な淑女を演じ、
オフではすべて洗い晒し、
すっぴんでブブ漬けを掻き込む
Freedomな魅力に溢れています。

なんのために着飾るのか、
なんのために鎧を帯びるのか。
それは、それらをはずすため、
不自由によって自由を知るため、
そうなのではないでしょうか。


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先週の土曜日、
フラワーアレンジメントのレッスン。
大和高田市の天神橋西商店街、
ウエダベーカリーにて。
ここは老舗のパン屋さん。
目当ては生クリームを挟んだコッペパン
チョコレートでおおった「チョコレア」、
私、幼い頃から食べています。
www.uedabakery.com


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今回のレッスンでの作品。
雨の日でしたので、
明るい彩りに慰められました。


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息子作の多肉植物アレンジ。
あっと言う間に作ってから息子、
先生のアトリエの奥の間で
お昼寝させてもらいました。
どこ行っても、すぐ眠る子です。


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私の作品。陽だまりのよう。
「このクリーム色のアレンジ、
すごく人気で、よく売れたわ。
みんなコロナ禍の暗い中、
明るいお花が欲しいんやね」と先生。

帰宅して飾り付けたら、
その周囲に光が差すようで、
色の持つPowerって偉大だと
感心感服。


Mehr Licht !
Johann Wolfgang von Goethe

もっと光を!
ヨハン・ヴォルフガンク・フォン・ゲーテ