奈良大学通信まよい鹿

奈良大学通信教育部に入学しました

幸先詣 ~信貴山朝護孫子寺から平城宮跡へ~

今年の記事更新はこれで最終。
今日の奈良は時折暴風雪が吹雪き、
外出なんて危険の一語。
今年の年末年始は巣ごもり一決。

昨日は打って変わって温暖で、
例年除夜の鐘と共に車へ乗り込み
向かう信貴山朝護孫子寺へ、
幸先詣に訪れました。


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遠くから読経と太鼓の音が響く、
現役の仏道修行場、朝護孫子寺
男心をくすぐる場です。
私はオナゴですが、
ここでは血中オノコ濃度が高まります。

子どもの頃は、
橿原神宮が初詣の行く先でした。
奈良北部に住まうようになって
20年、信貴山が初詣の行く先。

聖徳太子は聖人君子である前に、
情け容赦ない天才少年として
私には認識されています。
実際、
伝来された太子の肖像や彫像は、
人間より神仏に近い、
目の座った冷徹な少年像です。

重責を担わされ、
それに応えうる度量を持つ者は、
年齢性別問わず誰でも
こういった容貌になるのでしょう。

そうならなければ、おかしい。

無責任な者に、責任など、
誰が負わすものか。

信貴山の山雅の飾らない、且つ、
研ぎ澄まされた空気感、
大好きなのです。


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トラトラトラの寺なので、
破魔矢の絵馬の図柄も
十二支関係なく毎年トラ一択。

ここから、朝護孫子寺マメ知識。

たくさんある塔頭のなか、
私が懇ろにしているのは
出世毘沙門天
刀八(兜跋)毘沙門天が御座す玉蔵院。
三鈷の松の落ち葉を、
今年の元旦にいただいたのです。
とっても珍しい三鈷の松、
元旦初の参詣者として。
玉蔵院さんはとても落ち着いた
塔頭でお薦めです。
ですが、完全秘仏の出世毘沙門天
ご威力は凄まじいそうで、
さすが真言宗密教寺院かと。

シルクロード由来の
兜跋毘沙門天につきましては、
私の過去記事をご参照のほど。
keika1216keika.hatenablog.com

朝護孫子寺の本堂のおみくじ、
私が知っている限り、最も厳しい。
私はここのおみくじは、
凶しか引いたことがありません。
しかもその内容も苛烈に辛辣で、
恐ろしくてもう引くことができません。

息子にもそれを再三言い含めたのですが、
山気が出たのでしょう、
本堂で引いてしまったのです。
もちろん結果は、凶。
息子の後に引いた三人家族も、
ご両親が小吉で娘さんが凶。
「凶なんか引いたことないのに!」
娘さんずっと唸っておられました。

息子は例年おみくじを引く千手院で
心改め、おみくじを引き直しました。
「神様に挑戦したんやろ?
これだけ凶と小吉しか出ないところで
大吉を引いたら、俺すごい、ってさ」
と私が息子に示唆すると、
息子は素直にうなずきました。

千手院での息子のおみくじの番号は
二十番で、結果、吉。
二十番、図らずもそれは私が
玉蔵院で引いたおみくじの番号と一緒。
私も玉蔵院で吉を引いていました。

「ママ言ったやん、
おみくじ引きたいって思った
玉蔵院でこそ引くべきや、って。
神様最初から、
あんたに吉を用意してはったんやで」
息子はうんうん何度もうなずいていました。

信貴山毘沙門天神、最強です。
聖徳太子が命がけで承伏を祈願した
軍神のなかの軍神。
その勇猛果敢な神へ
勝負を挑むとは、厚顔無恥僭越至極。

「もう本堂ではおみくじ遠慮しとく」
神妙に呟く息子へ、私は案を投げました。
「我を忘れているときには、
本堂でおみくじ引くべきかもよ」
「うん、しかってもらう」
私は息子の頭をなでなでしました。

あと、本堂の戒壇巡り。
100円の拝観料が200円になっていました。
今年の元旦に巡った際、
戒壇は文字通り真っ暗で、
手探りで壁を伝うしかなかったのですが、
それが今回は灯りがいくつも
曲がり角などに設置されていて、
正直、興ざめしました。

戒壇巡りは胎内巡りと同じです。
こんな明るいんじゃあ、
死と再生の奥義が味わえない。
「ちっとも怖くなくなった」
息子も興ざめしていました。

私が10代のころ、
先入観なしでこの戒壇巡りを
初めて体験したとき、
夏の盛りで、たったひとりで、
鼻をつままれてもわからない
墨を撒いたような闇のなか、
滝のような冷や汗にまみれながら
「早く外に出たい!」の一念で、
シーシーと熊蝉の鳴く声に
読経が覆い被さる不気味さから
恐怖で叫びそうになりながら、
闇を睨んで無言で伝い歩きました。

太子もきっとたったひとりで
闇を睨めつけられたに相違ない。

人生とは
対峙すべき闇が蟠っているもの。


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平城宮跡歴史公園のライトアップ。
奈良市のミ・ナーラで買い出しして、
帰路へ着きました。

私はこの長屋王の邸宅跡の
商業施設に来ると
必ず睡魔に襲われます。
ここは本当はこんな建物で
覆ってはいけない土地だと、
私自身、思っているからでしょう。

為政者の歴史を紐解くに、
誰も100%利己的に生きた者はいない、
という事実に直面します。


「自由意志があるからこそ、人間は何にでもなれる」
ジョヴァンニ・ピコ・デッラ・ミランドラ
『人間の尊厳について』


私は知っています。
頑な人が、
ある特定の方の言葉なら耳を貸すことを。
人は、
敵意を向けられれば敵意で報いるもの。
その逆も、然り。

この世には
生まれるのを間違ったような悪人もいます。
私は、そのために地獄の概念が
この世には備えられているのだと思います。
もう一度生まれ変わってこい、と。

地母神ガイアは、テュポンや
ヘカトンケイルキュクロプスなど、
怪物をたくさん産みました。
その醜い魔神である子どもたちを
父であるウラノスは嫌い、
冥界タルタロスへ封じました。
ガイアは夫であり息子であるウラノス
烈しく憎み、泣き叫びました。
「どんな子でも、私の子!」と。

誰も100%利己的に生きた者はいない。
ガイアが、それを決して許さない。
地球の極東、この日本にも、
地母神の慈悲は遍いている。
長屋王の悲しみ、聖武天皇の苦しみ、
聖徳太子の決死の覚悟、
それと同じ音量で、私の耳に響く、
若い若い夏の日に聴いた
読経と蝉の音声と縒り合って、
ガイアの歌が湧き上がってくる。

このつらい一年、
「どんな子でも、私の子!」と
一緒に泣いてくれるガイア、
つまり地球が私のそばにいた、と。