奈良大学通信まよい鹿

奈良大学通信教育部に入学しました

Merry Christmas! My Dear Master! ~お聖さんの箴言集~

言い寄る (講談社文庫)
クリスマスになると思いだすのは
田辺聖子さん、お聖さん。
モカのおっちゃんのモデル、
ご主人のドクター川野が
「あんたは要するに年がら年中
クリスマス気分がええんやな」と
お聖さんを象られました。

この聖夜、みんながみんな
上機嫌な心持を懐いてほしい。
そう願ったお聖さんこそ
クリスマスがよく似合います。


私的生活 (講談社文庫)
お聖さんの恋愛小説の白眉、
乃里子と剛の三部作。
70から80年代にかけて描かれた
昭和の男と女の色恋物語ですが、
普遍的に面白い。

お聖さんが昨年6月6日に
91歳の御長命を全うされたとき、
「ダミアンやないか。
さすがお聖さん、
かわいらしくて手に負えない、
まさに地に降りた天使や」と、
その昇天にしんみりしつつ、
ゆかしくも想いました。

やっぱりお聖さんの不在はつらく、
1年半以上経って、
ようやく私もお聖さんの偉業に
向き合えているのです。

お聖さんは
古典・歴史・文学・哲学・処世・恋愛、
などなど様々な分野を包括した、
私の数少ない、人生の師匠でした。
いや、師匠です、これからも。

下記、お聖さんの箴言です。
おいしいケーキを作るように
小説を書いたお聖さん。
人生というクリスマスを
早摘みの苺のように、
甘く酸っぱく彩ってくださいます。


Merry Christmas!
My Dear Master!


苺をつぶしながら (講談社文庫)
「生き方」
自由で気取りがない、ということは、たぐいもなく気品のあることである。

批評しない、というのは気に入っている証拠だ。気に入らない理由はあげやすいが、気に入った、ということは言葉を失わせる。


「女」
わたしはかねがね、女と少年は同じような種族だと思っている。

女の底力は獰猛といってよい。

女をへこますコトバは究極のところ何もないのだ。


「教養」
想像力というのが教養だ。

自分を客観視できぬような人間が、なんで他者を洞察できよう。

教えるということは含羞なくしてできることではない。

素直というのは、理屈をぶたないことである。それはオトナの証拠である。


「恋愛」
恋というものは、生まれる前がいちばんすばらしい。

女というものは元来が、男に対して苦しみを与え得る存在でありたいと思っている。

私は、男でも女でも、一瞬、心を奪われる、というさまを見せる人がとても好きだった。

話しやすそうな、というのは、もしかしたら天性の性的魅力のことじゃないかしら?

結婚の相棒というのは、気楽な存在であるのがいい。気楽というのは、沈黙の責任をとらなくてもよいことである。

実在感のあるのが私は好きだから、手紙をもらうと、その人の心までもらった気がする。

一番のおしゃれ男は、「はらきたなき」所のない男である。


「処世」
世の中というものは皮肉で冷酷で、人の意表をつくようにできている。

スピーチや講演の上手すぎる人はイモ。

人が生きるとき、品がありつづけるには、かげで品のないこともしなくてはいけない。

文章を書くということ、特に自分のことを自分で書く、というのは、ナマ身の自分がいっぺん死ぬことである。


「郷愁」
いつもその町に住んでいるくせに、ふと旅愁を感じてしまう(それは人生の旅愁かもしれないけど)それがまつりの面白さである。

宴が果てる。たのしいことが終わる。そのとき、席を立つ、その立ちかたに、人間のすべてが出るものだ。