奈良大学通信まよい鹿

奈良大学通信教育部に入学しました

アムダリアとシルダリアのはざまへ ~組曲飛鳥~

昨日は中村哲先生を偲んでいました。
先生の魂は、
アラル海へ注がれるふたつの河川
アムダリアとシルダリアのはざま、
命を懸けられた地に留まるに納まらない。

私の容貌は弥生人のベースに
大きな目と二重瞼だけを移植した、
10%だけ縄文人のハイブリットです。
そんなこてこての日本人の私が、
アーリア人の原郷と見なされる
Trans Oxianaの地に惹かれるのは。

奈良にはペルシアが生きている。
栄光の古代帝国の火が受け継がれ、
今も極東の古都で光り輝いている。


持統天皇は若いころ、
飛鳥の都に落ち延びた
サーサーン朝の皇女と誼を結んだ、
そう私は思っています。
二人の皇女の年齢は同年代です。
この勇気に満ち満ちた皇女ふたりは、
お互いを高め合ったに違いない。


燃火物 取而嚢而 福路庭 入澄不言八 面智男雲
燃ゆる火も 取りて包みて 袋には 入ると言はずや 面智男雲
燃える火をも取って包んで袋に入れるというではないか、面智男雲は。
持統天皇 (万葉集 巻第二 160)


tripmode.g2.xrea.com

上記、『旅の空』様よりお借りしました。
面智男雲とはマンスラダフマと読み、
ゾロアスター教の主神、
アフラマズダの婉曲表現かと。
そして上記の歌は、
天武天皇崩御の際、持統天皇が詠んだ挽歌。


アフラマズダよ、あなたは、
火矢のように空へ飛び立っていく魂さえ、
袋に封じて地に留められるはずなのに。
それなのに。


これは、すごい歌です。
所説定まってはいませんが、
それでも面智男雲がアフラマズダなら、
どれほど持統天皇はペルシア文化に
通じていたのか、計り知れません。

持統天皇
サーサーン朝の皇女から、
いかに儚く国は滅ぶことを、
いかに無力でも国を守ることの意義を、
直に教わったのではないでしょうか。

沙漠の向こうの高原、
千年帝国でさえ、藻屑と消え去る。
その二の舞、
我が国は決して踏んではならない。


夢を見ている暇など、ない。
夢など、はなから用意されていない。


それが、持統天皇に定められた星。

先日の記事では、藤原不比等
名ではなく実を取った男と称しましたが、
もしかしたら持統天皇という存在がなければ
不比等は政権を我が物にしていたのでは、
と思い至ってしまい。


なぜこんな怪物みたいな傑物が、
自分と同じ時代に存在するのか。


それが不比等の本音のような気がするのです。

そして、それと同じ思いを、
持統天皇は父である天智天皇
その懐刀である藤原鎌足へ擁いていたと、
私なんかは思うのです。


www.youtube.com
吹奏楽曲の
『マゼランの未知なる大陸への挑戦』。
これは天智天皇藤原鎌足近江大津宮
風を切って闊歩している様相にふさわしい。


www.youtube.com
『海の男達の歌』は、
潮の匂いに溢れかえらんばかり、
壬申の乱以前、大海人皇子のBGM。


www.youtube.com
マードックからの最後の手紙』は、
沈みゆく船からすべてを見守る、
壬申の乱以後、天武天皇のBGM。


www.youtube.com
斐伊川に流るるクシナダ姫の涙』は、
建皇子や有間皇子や大田皇女や大津皇子
飛鳥時代のすべての夭折者を悼む、
透きとおるような優しさ、無常さ。


www.youtube.com
吹奏楽のための民話』は、
勇ましく、哀しく、
緩急ちりばめられ、
まさに国を船として舵を切る、
総軍司令官たる持統天皇の一生。


www.youtube.com
瓊花主催の吹奏楽演奏会『組曲飛鳥』、
大取は藤原不比等で。

『蒼氓愛歌~三つの異なる表現で~』、
壮大の一言。
作曲者清水大輔氏の秀逸な曲目解説、
ほんとうにすばらしいので、
全掲載させていただきます。

この壮大な三幕。
息を殺した埋もれ木の少年期。
持統天皇という天才の
一挙手一投足を糧とした青年期。
そして、日本の国家をまとめあげた壮年期。


誰がこの懸命に生きた国を憎めよう。


それが不比等の真意では。


この作品は2011年福井県を中心に活動するソノーレ・ウィンドアンサンブルの委嘱により書き始め、2012年6月に同団体の第20回記念定期演奏会にて初演された11分程の作品。2014年、21世紀の吹奏楽「響宴XVII」に選出されました。

蒼氓(そうぼう)とは民(たみ)、人民、蒼生(そうせい)などの意味を持ちます。今作は更にその言葉に『愛歌』を付け加え造語的なタイトルになりました。(人民に愛される歌という意味。)曲は3つに分かれており小組曲的な構成になっていますが、切れ目無く演奏されます。副題の通り全く異なる3つの表現法で曲を書こうと思いました。

1楽章『序』はファンファーレ的なイメージ、またこの作品を支配する様々なモチーフが登場する楽章、低音の旋律の後にエコーのようにトランペットのモチーフが響き渡りその後劇的な序奏となりますが、不穏な余韻を残し幕を閉じます。終わりには3楽章で登場する旋律がピッコロによって断片的に演奏されます。

2楽章は打楽器を多用したリズミックな楽章。8分の10拍子を基本とした構成になっています。日本的に聴こえる旋律も登場しますが、この楽章の基本はロック、ポップを意識しています。

3楽章はアフリカンテイストとアジアンテイストが融合した壮大な楽章、曲の後半までひたすら流れ続ける16分のリズム、その中で壮大に歌われる愛歌(讃歌)、表題的な内容ではないのですがこの楽章で登場する旋律に何かを感じて頂けたら、私の強く思う『何か』と繋がるのではないとかと思っています。

蒼氓(人々に)愛歌(愛される歌)になる事を願って…。



日本古代史、とくに国家の黎明期、
飛鳥時代は人間の一生でいうところの、
青臭さと迸る生命力、中高生かと。
吹奏楽に縁のない私ですが思うのです、
飛鳥時代の立役者たちは
草が燃え立つような
吹奏楽の一途な調べがとてもよく似合うと。


コロナ禍の巣ごもり、
私は古代飛鳥とペルシアへ意識を飛ばし、
魂はアムダリアとシルダリアのはざまへ、
持統天皇とサーサーン朝の皇女が
誓ったように、
いつか訪れるはずの失われた国へ、
幻の光を求めて。


f:id:keikakeikakeika:20201205143446j:plain
紹介し忘れていました、
第72回正倉院展のお土産です。
シルクロード
何年かかってでも、訪れたい。
こんな不自由な時代になるなんて。
否。
生きるか死ぬかの苦悩の果ての人もいる。
甘えんな、私。