奈良大学通信まよい鹿

奈良大学通信教育部に入学しました

中原でなくとも鹿を逐う ~言語伝承論⑥~

今日の午前、
息子の術創部の抜糸のため、
近鉄奈良駅近くの
かかりつけの形成外科へ。

せっかくの寧楽の古都の錦秋、
スーツケースを曳いて歩く人たち
皆どこか後ろめたい顔つきで、
これを見るのも切なく思えました。

勤務先が公立大学病院の医局の私、
もとより遠出は自粛が当然の身上。
GoToに踊らされることは
最初から禁じられていました。

医療現場の解釈と世情が
折り合うことは許されない、
それが経済、
世間胸算用なのでしょうか。


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大和西大寺駅の駅中ショップ、
幡INOUEは
奈良伝統工芸の麻製品のお店。
ここの鹿モチーフが大好きなのです。

直営店限定、きんきら鹿!
かわいい、欲しいなあ。でも。
衝動買いはダメ、予算と相談、
時期が来たら買いに行くことに。


乞食じゃない、
自分のものは自分の稼ぎで買う。
結婚してからも私は
そうやって生きてきました。

「小人閑居して不善をなす。
人間ヒマやと碌なことせえへん。
働いたらヒマはつぶれる、金は儲かる、
心身共に錆び付かへん、ええことだらけ」
そう声を揃えるご年配の医師各位、
生涯現役の方々ばかりです。
私の祖母も、90歳近くまで
内職をし続けていました。
「病人やないのに働かへんとは
犬畜生にも劣る」との過激な理念で。

先達の後塵を拝し、
頭と体が使い物にならなくなるまで、
私も社会の駒であり続けるつもりです。


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コースターはお手頃で、
奈良土産にもってこい。
きんきら鹿、白眉の存在感。
中原でなくとも鹿を逐う。
権力闘争ではなく、
理想を求めんと。


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ああ、現物はもっとすばらしい
空の青と柿の朱なのに。
自宅最寄の雑木林にこんなにも
美しい日本の秋の色。


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18時、サプライズ花火。
夜景、花火、撮りにくい。
奈良市生駒市の境目あたりから
季節外れの破竹音。
病魔退散の祈りの火でしょうか。


じつは、あらゆる祈りというものは、実際には機能しないものである。もし、機能するとすれば、祈っているというメッセージを苦しんでいる当事者に伝えることに意味があるといえるだろう。そこにしか、私は、祈りの意味はないと考える。あまりにも、無神論的な論旨に呆れる読者も多いと思うが……。


言語伝承論のテキスト
『万葉挽歌のこころ
~夢と死の古代学~』で、
著者の上野誠先生はいみじくも
祈りの形而上学を解かれています。

祈りは、その対象がなければ発動しない。
命の磁場においてはすべて中原、
鹿は、祈りを手向けられる的として、
祈りの矢を甘んじて受けてくれるのか、
そもそも私に弓は与えられているのか。

私は祈っていると叫ぶ、
それが弓なのか、矢となるのか。

そうだ、
ものごころついたころから、
中原でなくとも私は
鹿を逐って、今も逐っていて、
逐うことをやめるなんてことは
できない、
殺されても矢をにぎりしめている、
弓をひきしぼっている。

「瓊花さんの前世は張作霖だからねえ。
馬賊の氏素性は争われぬ、だねえ」
とbrainの小突きが聞こえてくるようで。