奈良大学通信まよい鹿

奈良大学通信教育部に入学しました

人に裏切られたことなどない。 自分が誤解していただけだ。 ~言語伝承論⑤~

いまはむかし、
私は奈良の桜井の多武峰
談山神社で巫女をしていました。
世阿弥能楽研究の一環で
多武峰をたまたま訪ねてみたら、
「巫女さんしてみいひんか」と
神職の方にスカウトされたのです。

談山神社は、大祭の日には
五摂家の殿様方が直参される、
ばりばりの藤原氏氏神の社です。
お祭りのその日、
鷹司様か九條様か失念しましたが
(真実やんごとない方々なのでしょう、
皆様一様に良い意味で特徴がなく、
私には見分けがつきませんでした)、
五摂家の殿様のおひとりが、
二十歳そこそこの腰かけ巫女の私に
「みかんこさん、私たちのご先祖様、
存じ上げておられますか?」
と問いかけてこられました。
「大織冠、藤原鎌足公でしょう?」と
私は社の主祭神をそのまま答えました。
すると殿様は鷹揚に首を横に振られ、
「いいえ、私たちのご先祖様は、
淡海公藤原不比等公です」と
静かに笑って私を戒められました。

あと、こっそりと私の耳元へ
「みかんこさん、あなたはお若い。
山を下りて、人の世に揉まれて、
勉強しなさい、人間てものを」と
言い諭されました。

私は、それから半年も経たずに
山を下りて、巫女を辞めました。

五摂家の殿様方は
まさに「生きた歴史」でした。

不比等の末裔の殿様は私に
「高みへ逃げず、現実を生きろ」と
金言を賜られたのです。

これが、藤原氏なのです。


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奈良大学通信のお勉強のなかで、
言語伝承論は想像の余地を
たっぷりと与えてくれる
楽しい科目でした。

私は古代から上古、中世にかけての
日本の歴史が大好きです。
応仁の乱で、もう、終わった感あり。
戦国時代が嫌いと言うより、
戦国時代の軸に裏切りを据える考え方が
好きではないのです。


人に裏切られたことなどない。
自分が誤解していただけだ。

高倉健


名優高倉健さんの言葉です。
私も年々そう思い到るようになりました。


近鉄の『わたしは、奈良派。』の
秋versionのポスターを眺めて、
「奈良は藤原氏が造った都だから嫌い」
と仰った方もいたなと思い起こし。

藤原氏の何をあなたはご存じなのか。
それに直に触れたわけでもないあなたが
歴史を貶めるは片腹痛し、愚の骨頂。

歴史の何があなたを裏切ったのか。
あなたは裏切られるほどの逸材か。


私は黙ります。
黙って、秋の鹿と戯れます。