奈良大学通信まよい鹿

奈良大学通信教育部に入学しました

彼らは地上を荒野にする津波ではなくて人間なのである ~西洋史概論⑤~

西洋史概論のレポート課題、
私は当初、
キリスト教の発展と古代末期の社会」
で進めていました。
しかし、易きに流れて
「ヘレニズム諸国の興亡とその意義」
へ変更しました。

できあがったレポートは
得意分野でもあって
小綺麗にまとまりましたが、
後味は漠たるものでした。
まるで
シルクロード学の総括のようで。

ちがう、ちがうんじゃないか。
私は西洋史概論の勉強を
しなければいけないのに。
そう悶々と自問自答する日々でした。

で、先日のマルクス・アウレリウス
顧みたことが契機となり、
やはり初心を貫こうと思い立ちました。
古代末期を課題に選んだのは、
それが見知らぬものだったからです。


私が触れたローマ帝国末期は、
ホノリウス帝のあまりの愚鈍さに
嫌気がさしてページを閉ざした段階。
いや、まだその時期、
ローマは帝国として機能していました。
徐々に芯から腐っていった、
ローマは、蛮族に奪われたのではなく、
みずから朽ち果てていったが真相では。

世界的に安定を欠く社会、
人々はそれゆえに宗教を林立させ、
それに縋った。
否、それは一面でしかない。
古代末期、洋の東西の人々は、
国家として集団として
神を崇めたのではなく、
一個人として神と向き合ったのだと。
これは、西洋史概論の担当教官、
足立広明先生の論文から
明確に示唆されたことです。

2017年に発表された足立先生の
論文『古代末期とは何か?』は、
感動に至らせてくれる文言だらけで、
読みながら、ふるえあがりました。
特に、この記事のタイトルにも
引用させていただいた
蛮族についての一文、
胸が熱くなりました。

「彼らは地上を荒野にする津波ではなくて人間なのであり、ローマ帝国の内側にいる人々も加えつつ形成された集団ではなかったのか。
こうした人々は何を動機として侵入し、その後どうなっていったのか。」

蛮族も人間なのだと。
こんな当たり前のことが、
どうしてわからなかったのか。

人間は社会と道連れ。
皆はローマに憧れた、
けれど、
ローマはそれを許さなかった。
ローマはなぜ頑迷固陋となったのか。
これは壮大なテーマです。

受け入れられなかった、
棄却されたという思いは暴発する。
全ての道はローマに通ずは幻か、と。

「古代末期のユーラシア大陸西部においては、人間の魂の故郷は清浄な天にあり、地上世界とそれに属する肉体は穢れているという考えが地域や宗教を越えて広まっていた。」

崩れ落ちていく帝国の人々も、
流転と暴挙に駆られる人々も、
汎世界的に、誰もがこの世の真理を
みずからに問い質したのです。


「出家ってのは
生きながら死ぬってことだよ。
自分で自分を殺したいくらい
苦しんだこともない奴が、
仏門に降った人間のこと、
とやかく抜かすんじゃねえ!」

こんな感じの言葉を
今東光師が仰っていました。

宗教は、命がけの問題です。
それを学問として俎上に論うのも
気が引けました。

「彼女はパウロに従ったのではなく、パウロに導かれてイエス自身に至ったのである」

聖テクラについて
足立先生はこの論文では
軽く触れられているだけですが、
私はその一文に泣きそうになりました。

パウロはイエスの紹介者であり、
テクラはパウロという人物の
意に染まったのではなく、
みずからイエスの教えを咀嚼し、
パウロではなく
エスに誓って自己洗礼したのです。

これは、京都栂尾の明恵上人と同じ
明恵は釈迦その人こそ慕い、
天竺への渡海を希求していました)、
宗教の核心に触れた聖人です。

自分で自分のたましいの源を
掴み取れた。
それが、聖人です。

テクラは、あの困難極まる時代、
女性として、文字通り命がけで、
おのれの信念をつらぬいた。
その生きざまがこうして現代まで
伝えられるのは、
テクラを認める人々が存在した証。

古代末期は
決して呪われた時代などではない。


私たちは、人間なのです。
誰もが自分で自分の道を選ぶ、
どうとでも生きて当たり前の、
人間なのです。


さあ、西洋史概論、
仕切り直しです。


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クリーマで購入して製作した作品です。
下記、出品者の先生へ私からの評価です。


情報誌『ならリビング』で紹介される田中先生の作品が気になっていたのですが、いつもタイミングを逃して買いそびれていました。
それがクリーマで購入できると知り、嬉しくて飛びつきました。

お品が届いてすぐ作り出しました。造花で何かを制作するのは初めてで、これは華道と同じくセンスを問われるなぁと焦りつつ、一生懸命努めました。

一時間近く経って完成、もう最高の出来映え!
ビギナーズラックではなく、田中先生の説明文がとても解りやすかったからです。
上品でかわいくて、でしゃばらないのに存在感がある、まるで幸せのかたまりのような作品です。
作っているときも、出来上がった今も、ずっと幸せな気持ちが続いています。

田中先生ありがとうございました。素敵な時間をいただけました。
これからも応援しています。


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下記、先生からのご返答です。
誰かを尊敬できるって、人生の糧です。


早速作ってくださったのですね。
そして、とても嬉しいお言葉の数々。
涙が出るほど嬉しかったです。
いや、実際に泣いております。
本当にありがとうございます。
ご縁に感謝しています。
これからもどうぞよろしくお願いいたします。