奈良大学通信まよい鹿

奈良大学通信教育部に入学しました

見えない列車を待ち続けて ~五條新町 五新鉄道廃線跡~

3月のスクーリングが中止となりました。
私も、6日美術史概論と13日古文書学の
課外セミナーに参加予定でしたが……。
この時世、中止は尤もな判断でしょう。

来寧を望まれていた方々には
なんともやるせない現実でしょうが、
奈良住まいの私がお伝えできる
いまの奈良、
皆様の心のなかの奈良のまま、
いたって穏やかなものです。


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2月23日、天皇陛下誕生日に訪ねた、
奈良県西南部の五條市のレポートです。
私のsentimentalな冬の旅、です。

奈良県五條市、五新鉄道、
まぼろし廃線跡があります。
このとおり、国道168号線のために
ぶったぎられたコンクリート橋。
何か、えぐられるようです。

廃線、ですらないのかもしれない。
奈良県五條市
和歌山県新宮市を結ぶ路線、
構想から工事凍結まで60年、
ついに一度も列車が走ることなく
望みを絶たれた路線なので。


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私はこの五新鉄道跡のすぐ近くの
リバーサイドホテルの温泉に
子どものころから通っていました。
しかし、
五新鉄道跡は訪ねたことはなく、
主人がたまたまその近くの風雅地区
五條新町行きを願ったことから、
「よし、五新鉄道、きちんと訪ねよう」
と思い立ったのです。


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なんで行きたくなかったのだろう。
子ども心に、あの切断された
コンクリート橋に惧れを懐いていた、
それは事実。


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私の親族も、温泉からすぐそこなのに、
五新鉄道跡には見向きもしませんでした。
親族には五條や吉野に知人がいたことが、
いろいろ示唆することなのでしょう。
知っている者にしかわからない痛み、
なのでしょう。


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「ママ、猫ちゃんだよ!」
ホテルのほうを向き、息子叫ぶ叫ぶ。
お、確かに白猫ちゃん。
むむ、めちゃこっち見たはる。
すまん、縄張りに入ってしもた。


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白猫ちゃんじっくり眺めたら、
真っ白じゃなく、
額のブチ、センター分け、日本髪?
尻尾も黒くて特徴あるね。
うん、目を凝らすに
殺気だったものはなく、
固まっているのかおとなしく、
お地蔵さんのような猫でした。


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国道168号線から五新鉄道跡の
コンクリート橋に沿って東へ。
そこから北、五條新町通りとなります。
吉野川(紀ノ川)沿いのこの地域はもともと
川を利用した商いで開けていました。
そこを、戦国時代、
二見城主に封じられた松倉重政
城下町として発展させたのです。
うわー、すてき。
美しい江戸時代からの町屋が並びます。


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まちや館。
吉田茂内閣で法務大臣を務めた
木村篤太郎の生家です。
庄屋さんだったそうです。

五條市は、
奈良県西南部の政務の中枢であり、
有能な人材が輩出されている町です。
鄙に雅を見出だせる町、ですね。


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アカネイロアートというイベントが
開催されていました。
ブラウン管テレビ、囲炉裏、畳の縁、
金のマークに聴診器を当てると
音が聞こえてきます。
音のアートです。


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階段箪笥にも金のマーク。
「誰か階段のぼってる」と息子。
すごいね、どういう仕組みなの。


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井戸にも金のマーク。
明るい水回り、気持ちいい。

あと、中庭に面した窓にも
鶯の声が聞こえてくる金のマーク有り。


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おくどさんが据えられた土間には、
こんな妖しげな光のアート。
「お母さんのおなかのなか?」と息子。
言いえて妙、竃は母胎に通じるかも。


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アカネイロアートの目玉。
この吊られた赤い紙の群れ。
大きな蓑虫みたいだね。


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これはお守りのアート。
結われた赤い紙をほどいて、
なかから出てきた白いお守りを
水に浮かべ、溶ける間に赤い紙を……


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……自分で吊るして、おみくじに。
赤い紙、実は荷札。
参加型アートがたくさん、楽しいです。


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囲炉裏の間、長押の上、なんと内裏雛
これもアートの一環。
ちょっと、びっくりしちゃったよ。


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この屋根裏の二階の間は
この屋敷が庄屋さんだったころ、
使用人部屋として使われていました。
梯子で上り下りしたのです。


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天井桟敷、下働きのつらさかなしさ。
お内裏様が
担ってくださっているのでしょうか。


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「こんななんにもない町を目当てに、
わざわざ訪ねてくださったんですか。
吉野とか飛鳥とかの、ついでやなくて」
と案内人の女性がたいそう
ありがたがってくださいました。

なんにもないなんて、とんでもない。
住みたいくらい素晴らしい町です。

さて、
名残惜しくもまちや館を後にして、
さらに北へてくてく。


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この橋のたもと、
五條新町で最もphotogenicな場所。
餅商一ツ橋 。
2年前に閉店されましたが、
佇まいは残っています。
誰か跡を継ぐ方、いないものでしょうか。


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五條新町の町屋の軒先には
色とりどりの手毬。


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コロナウィルスの影響でしょうか、
昼下がり、
貸し切りの瞬間が多々与えられ、
おまけにこんな趣いっぱいの
橋のたもとの辻、
時がねじれた真空のひずみ、
異世界に踏み入った気分がしました。

もう元の世界に戻れなくてもいいや。
まるで濁酒(どぶろく)に酔い痴れるような。
空も白濁してるし。
辻はあやかしの巣食うところ。

即物的にも息子と主人はさっさと
次の目的地を目指し、
ちぇっ、私もしぶしぶ足を進めました。


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まちや館で紹介された
金・土・日・祝のみ営業の
手作りジオラマ鉄道模型のお店
ジオラマ工房Y.N』に着きました。

これは五新鉄道跡のジオラマ
私、鉄道模型を見るのはこれが初めて。
鳥瞰するのではなく、
こうして水平に視点を合わせると、
その良さがよくわかりました。

五新線、やはり列車の姿はありません。
ああ、これだ、目を背けた理由は。
目に見えないまぼろしの列車、
それを見ようとする、見えないのに。
その儚い営みを、
私は見たくなかった。

人生で、叶う夢の微々たること。
しかも五新線、
残るは列車が通るまで
現に実を結んでいたものが、
指先に触れる、その寸前で、
現実は夢と化し、壊れて、消えた。


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このジオラマ住吉大社のお祭り。
阪堺電車チンチン電車でしょうか。
永遠にお祭り、いいなあ。

息子はすっかりジオラマに夢中。
店主の野口さんに
「僕、月に一回でええから、
おっちゃんとこにおいで。
いっしょに列車作って、走らせよう」
とお誘いを受け、通うことに。

野口さんは
「3月の終わりに、五新線跡を辿る
イベントがあるから、ぜひとも来てな。
あれももう、遺跡なんや。
そう思えば、さみしくないやろ」と。

遺跡。
不思議と、遺跡はさみしくない。
くすぶった心象に陽射しが走りました。


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長居した『ジオラマ工房Y.N』を出ると、
にゃあにゃあ招き声。
正面のお宅の二階の窓、
またもや白猫ちゃんが!


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「あんたら、もう帰るん?」
……うっそお、また日本髪!
Déjà Vu?
ここ五條新町の猫はみんな
日本髪を結ってるのでしょうか。


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「おら、おらだけの町つくって、
おらだけの山つくって、川つくって、
おらだけの列車つくって、走らせる」

少年、私は君がうらやましい。
まぶしいくらい、うらやましい。


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元来た道をたどり、
吉野川を目指し、東の小径へ。


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ここはむかし、船着き場でした。
日当たりの良い堤防が、もうそこに。


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ふりかえると
五新線のコンクリート橋。
ここでは川のためにぶったぎられ。
でも、
なんだか勇壮な雰囲気も漂います。


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吉野川、紀ノ川です。
右手には御霊神社。
見晴らしの良い川です。
五條が早くから拓けたのも、然り。


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「ママ、晴れたよ!」

息子には、
見えない列車が見えるのかもしれません。
私にも、見えていたのかもしれません。

見えない列車を待ち続ける。
それが人生なのかもしれません。