奈良大学通信まよい鹿

奈良大学通信教育部に入学しました

兜跋毘沙門天 西域から招かれた王子 ~美術史概論⑤ 奈良だより~

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2月11日
奈良国立博物館にて開催中の
特別展『毘沙門天』へ行きました。
現在、日本で集結可能な毘沙門天像が
ずらり、壮観。
しかし、
どの世界にも人の目を奪うだけ奪う
スタアが存在します。
東寺の兜跋毘沙門天
うーん、仏像の本場の奈良ですが、
羅城門の楼上から平安京を睥睨したという
この北方の守護神の辺りを払う眼力には、
シャッポを脱ぎます。
若き軍神、ようこそ古き良き寧楽の都へ。

ほんとうに、
なんて若々しい神なのか。
この若々しさは、
いったいどこから由来したものなのか。

兜跋毘沙門天の兜跋(とばつ)は、
チベットともトルファンとも諸説あり。
四天王自体は、仏教成立以前の
インドですでにイデアが確認されている。
ただ、イラン系のクシャン朝が
インド北部のガンダーラ地方の守護神として
毘沙門天を特化した意義は大きい。
これがシルクロードを経て、
玄奘の『大唐西域記』に於ける
クスターナ建国伝説として世に知られる。
クスターナはホータンと同義とされる。

子が授からないクスターナ王は
毘沙門天廟に祈願したところ、
毘沙門天像の額が割れて男の子が生まれ、
王はその子を王子として宮殿へ連れ帰った。
しかし王子は乳を飲まず、
クスターナ王は再び毘沙門天廟に祈願した。
すると毘沙門天像の足元の大地が膨れ、
王子はそれを乳房として乳を飲んだ。

毘沙門天
もともとクスターナで生まれたとされ、
王子はその末裔ということでしょうか。
どのみち、毘沙門天シルクロード
西域由来の神であると考えられます。

地天女に支えられている姿も、
その生まれを表すようで、
クスターナの王子はもはや
毘沙門天そのものと化すようです。
ああ、だから、
若者なのかもしれない、
このシルクロードから来た神は。

なお、ありとあらゆる毘沙門天の中、
この兜跋毘沙門天だけは
地天女に支えられた
自分の生まれに忠実な異国スタイルを
厳守しています。
兜跋と名乗るには、
それ相応の備えが必要不可欠なのです。

『美術史概論』でも
東寺の兜跋毘沙門天は取り上げましたが、
何しろ膨大な仏像群を扱わねばならず、
残念、駆け足の紹介となりました。
改めて、この唐で作られたという仏像、
本気で外敵を蹴散らすために請来させた
制作側の意気込みを、私に伝えました。

平安時代
平安でありたかった時代、なのですね。


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奈良国立博物館特別展『毘沙門天』での
こどもワークショップ。
バレンタインのパンケーキを作りました。
トッピング、息子が手がけました。