まほろばに神鹿を追って

Chasser le cerf de Dieu à Nara

一年一度の潮湯治

海のない奈良に住まう私。
一年に一度、海水浴に向かいます。
海の近くにお住まいの方には、
「え、年一回だけなの!?」
と、驚きの少なさでしょうね。

なにしろ向かう場所が、
奈良から160kmも離れた日本海なので、
どうしても頻回には行けません。
奈良から近い海は、瀬戸内海の内海、
伊勢や白浜の荒々しい太平洋、
いずれも私の好みには逸れます。
夏の日本海、水がとってもうつくしい。

仕事も家庭も学業もあります。
それに、一年一度の貴重さ、
そっちの高揚感が、なによりなので。


f:id:keikakeikakeika:20180901150836j:plain
日本海に向かうまでに必ず立ち寄る
丹波の道の駅「味夢の里」。
この道の駅のすぐ隣に
塩谷古墳群があります。
ここから、眉目秀麗な巫女の埴輪が2体、
出土しました。


f:id:keikakeikakeika:20180901150852j:plain
レプリカは1体だけですが、
2体そろうと、写真のとおり。
大和政権に服従の証として、うんぬん、
説明が丁寧に掲げられています。
ここの巫女埴輪は、
ただうつくしいだけではなく、
ひしひしとした個性が感じられます。
実在の人物を象ったのではないでしょうか。


f:id:keikakeikakeika:20180901150909j:plain
ここ京丹波は、
奈良と京丹後のちょうどまんなか。
日本海の文化と、大和国中の文化、
双方が鬩ぎ合いつつ溶け合った、
それは古く、豊穣な文化圏なのです。


f:id:keikakeikakeika:20180901150937j:plain
8月24日、お盆過ぎの平日、
旅館の目の前の海、人はまばらで、
ほぼプライベートビーチです。
京丹後市網野町、夕日が浦海岸に面した、
10年以上前からの我が家の定宿。
お気に入りの決まった部屋を、
毎年必ずキープしてくれるのです。
「おかえりなさい!」
ご主人と女将さんが出迎えてくれます。
「ただいま!」
私たち家族も応えます。


f:id:keikakeikakeika:20180901151050j:plain
右手の岬をずっと北上していくと、
静御前の生まれ故郷に辿り着きます。

聖徳太子の母、用命天皇皇后の
間人(はしひと/はしうど)皇女が滞在した
「間人(たいざ)」の町も、すぐ近くです。

丹後七姫、残りの5人、
乙姫、羽衣天女小野小町、安寿姫、
細川ガラシャ夫人。
丹後半島には錚々たる美女がつどいます。
しかも、悲しい寂しい逸話とともに。


f:id:keikakeikakeika:20180901151030j:plain
丹後七姫、ここに、
古代丹波王国を治めた
丹波道主(たんばのみちぬし)の妻、
摩須郎女(ますのいらつめ)という
丹波の王族が加わるパターンもあり。

道主は5人の娘を垂仁天皇に送り、
摩須郎女の娘の日葉酢媛(ひばすひめ)が、
垂仁天皇の皇后となりました。
古代丹波王国、その実力の証です。

私が興味あるのは、5人の娘のうち、
容貌が優れないからと送り返された
竹野媛(たかのひめ)です。
この媛は、故郷の海で、入水しました。


f:id:keikakeikakeika:20180901151133j:plain
夕日が浦に沈む夕陽。
竹野媛は、ほかの姉妹とちがい、
大和に嫁ぎたくなくて、
わざと醜く装ったのだと、私は思います。
こんな見事な夕陽が沈むふるさと、
離れたくなかったのだと。

父や天皇に叛けばただではすまない。
ならば、生まれた海で死のう、と。
意に染まぬ人生など送りたくない。
自分の心の声にしたがう、命がけの勇気。

竹野媛の伝説には、
いろいろ想わせてくれるものがあります。


f:id:keikakeikakeika:20180901151152j:plain
翌日は、丹後半島網野町の東南、
宮津市天橋立に向かいました。
昨年は、天橋立の北側の籠神社へ。
今年は南側、文殊様こと智恩寺へ。
あれ? 私ちいさいころにお参りした?
なんだか初めての感じがしませんでした。
境内は、
猫(お寺の飼い猫?)がころころ転がる、
人懐こい印象でした。
傘のかたちのおみくじが、
松にたくさん結わえられていました。


f:id:keikakeikakeika:20180901151212j:plain
観光船、モーターボートに乗りました。
天橋立の南から北まで、往復します。
行きは3列の真ん中の席で、
ヴェネツィアのゴンドラのように
まったり景色も楽しめたのですが。


f:id:keikakeikakeika:20180901151235j:plain
帰りは、船頭さんお薦めの後部座席へ。
これがもうスリル満開!
天橋立砂州が飛ぶように過ぎていき、
ローマはテヴェレ川を船でつんざいた、
スパイ映画のトム・クルーズ気分(笑)。
往復1000円、また来よう、また乗ろう(笑)。


f:id:keikakeikakeika:20180901151253j:plain
文殊堂の門前町、カフェ「龍燈の松」。
海辺の観光地にしては、シックなカフェ。
ジャズバーみたいです。
でも、ここのアイスクリーム、
どれもこれも絶品でした。

さて、このお店の名前、龍燈の松とは?
天橋立観光ガイドより拝借。

 龍燈の松とは、昔天橋立切れ戸の文殊
 龍が舞い降りたという
 伝説の松の名前です。
 この神木の一部を店内一階カウンター
 及び二階テーブルとして
 半世紀の年月とともに蘇ります。

ちなみに、天橋立文殊堂の由来、
これも天橋立観光ガイドより拝借。

 九世戸縁起
 日本の国土創生の時、
 この地で暴れていた悪龍を鎮めるため
 中国から智恵第一の仏様で、
 龍神の導師である文殊菩薩招請され、
 悪龍を教化されたと伝えられています。

天橋立は龍そのものの姿かたちです。
丹後半島は、これこのとおり、
伝説と歴史と物語に満ちあふれ、
私たち家族の夏の思い出として、
心に慈雨を降らせてくれるのです。
まさに、潮湯治、なのです。