奈良大学通信まよい鹿

奈良大学通信教育部に入学しました

青春の墓標 宇陀之蘇邇(うだのそに)

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1月7日、七草の日、
明け方まで勉強してふらふらでしたが、
奈良県の北東の果て
曽爾村の名湯“お亀の湯”に行きました。

途中、山の辺の道や天理教の本部あたり、
そして三輪山のふもとは、
閑雅な奈良盆地には珍しい人いきれ。
1月7日までは“お正月”ですから、
車は奈良県以外のナンバープレートだらけ、
みなさん大和の神様へご挨拶にお出でです。
なんだか、うれしいなあ、地元民として。

曽爾村に着くまでにおなかがすくので、
桜井市の『柿の葉ずしヤマト』に
寄りました。
ここの柿の葉寿司、ごはんがふくふくして
おすすめです。
奈良は柿の葉寿司の会社が
いっぱいあるのです。
鮭もおいしいですが、
道中の定番はやっぱり昔ながらの鯖です。


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曽爾村に入ると
兜岳(かぶとだけ)が目に飛び込んできます。
盆地と同じ奈良県内とは思えない、
独特な文化をいつも感じます。
古事記の速総別王(はやぶさわけのみこ)と
女鳥王(めどりのみこ)の逃避行は、
この曽爾村で終焉を迎えます。

亡くなったばかりの女鳥王の骸から
玉釧(たまくしろ=腕輪)を
追手の山部大楯連は奪い、
その妻に与えました。
それを仁徳の皇后である
葛城磐之媛に見咎められ、
山部大楯連は処刑されました。
磐之媛の潔癖さに、
良い意味で身震いがします。

田辺聖子の小説『隼別王子の叛乱』で
女鳥王は「私は王族、
玉を身に帯びずに死ねない」と言います。
まだ小学生だった私は
そのひと言に
しびれあがった記憶があります。
同じく『隼別王子の叛乱』で
仁徳の異母弟で典籍を愛した
菟道稚郎子(うじのわきいらつこ)は、
「私は文字の持つ魅力に囚われている」
と言います。
彼は兄に自死を強いられ、果てました。

私に「モノ」と「モジ」を意識づけたのは、
そんな古事記を舞台とした世界なのです。
田辺聖子さんは『カモカのおっちゃん』の
エッセイなどおもしろくて最高ですが、
やっぱり私には古典の先生なのです、
魂魄あふれかえらんばかりの古典です。

曽爾村には速総別王と女鳥王の墓が
伝えられています。
楯岡山古墳群とも、覆矢塚とも。
青春の墓標、ですね。


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お亀の湯から曽爾高原を望む。
晴天に残雪、うつくしいのなんの。
空気もきんきんに澄み渡り、
露天風呂からの景色は絶景、
温泉のお湯は美容液のようにしっとり、
お食事処のご飯は
きれいな山水ではぐくまれた
曽爾米でおいしいなんの、
ここの温泉は大人気なのです。
いつも心身ともに
生まれ変わったような気分になります。

若さとは、
みずからに忠実であるということ。
青白く燃えたまま風に摘まれた命、
その残照さえ、若々しいです。