奈良大学通信まよい鹿

奈良大学通信教育部に入学しました

『井筒』 無間の夢に生きる女 ~歴史文学論④~

歴史文学論のテキスト、
『葵上』『敦盛』『井筒』について。
つまり世阿弥
まさかの能楽

うーわー、『古態本太平記抄』に交替と
ばっかり思っていたから、おったまげ。
担当の先生が替わられたのですね。

私、太平記も暗唱するほど好きですが、
お能の謡は習っていたくらいなので、
死ぬほど好きでした、10代のころ。


見ればなつかしや。我ながらなつかしや。
世阿弥『井筒』


今も、やっぱり好きです。
檜書店の和綴じの謡本を繙くと、
その世界へ引きずり込まれます。

お能の詞書は下戸の私を酩酊させます。
ですが、「起きろ!」と
冷や水をぶっかけられるときも、
あるのです。


世阿弥は天才である―能と出会うための一種の手引書
歴史文学論ご担当の
三宅晶子先生。
私、先生のお名前どこかで
お見かけしたな、と。
それもそのはず、
二十歳前後の能の夢醒めやらぬころ、
先生の著書を読んでいました。

すーごーい!
こんな見識の高い方を、
奈良大学はお招きしたのですね!
重ねて、すーごーい!
だって、名著です、
先生の上記の著書は。
うれしいなあ、三宅晶子先生に
直に教わることができるなんて。
奈良大学、すごい!
(どこかのルーペのCMみたいですね)


さて、テキストが変更された
歴史文学論、取り組み方も
もちろん変更です。
得意分野だからこそ、
調子に乗ってはいけません。
きちんと手綱を引いて、
この名馬を乗りこなさないと。

んで、今回は、『井筒』について。
これは世阿弥が数多ある自作で
ベストワンと見做していたものです。

まあ、簡単に言えば、お能は、
誰かがやってくる、
夢幻能ではその誰かは
ほぼ死者の亡霊です。
死者の夢につきあう、それが夢幻能です。
ただし、その亡霊は
そんじょそこらの亡霊ではなく、
日本の神代からの歴史の主役ばかり、
もしくは古典作品の主役ばかり、
おったまげ。

私がお能が好きなのは、
歴史と古典が好きだから、です。
あと、幽霊噺も大好きで。
歴史と古典が苦手な人は、
お能は音声を楽しむものでもあるので、
日本の古い言い回しを
Folkloreとして聴いてみるのも良し、
能面や装束の華麗さに
美術史から向き合うも良し、です。

歴史文学論では、
世阿弥が歴史や古典をもとに
どう自作を練り上げていったか、
その類推を求められます。

三宅先生も仰っていますが、
世阿弥って、天才ですよ、まじ。
申楽一座の野臥せりに近しい少年が、
歯を食いしばって当時最高の教養を
我が血肉と化すまで吸収したのです。
二条良基という当時最高の
intelligentsiaに見いだされたのが、
世阿弥には最大の糧となったので。
天才かつ、惜しまぬ努力家の世阿弥
いやもう、勝てないよ。

で、「上花也」の『井筒』。
あんまり喋ると私のレポートの
持ち出しになってしまうので、
ここではサラリと。
サラリは謡曲の術語で、
清らかに濁らないよう謡うの意。


伊勢物語』本文はおろか、古注釈にも一切触れられていないのが、4段[クセ]にある「互いに影を水鏡、面をならべ袖をかけ」(テキスト14頁)にある「水鏡」である。井戸の廻りで遊ぶ子どもなら必ず覗き込むに違いないのだが、不思議とそのことに触れたものは存在しない。これは世阿弥の付加した要素のようである。というのも、この水鏡は後場のクライマックスで、業平になりきって舞を舞うシテが、昔のように水鏡して、そこに業平の面影を見るという、クライマックスに用いられているのである。女は、懐かしいと思い、そう思ったことで、業平との一体感から離脱してしまう。


上記、三宅先生のサブテキストの一文。
この一文で、私の『井筒』のレポートは
全容を成しました。

井筒の女は、ほんとうに、
今はいない夫・業平に扮して、
筒井筒の水鏡に映る様に、
業平自身を見ているのでしょうか?

業平になり切って、それはもう、
ただ待つだけの女と呼べるのか。


見ればなつかしや。
我ながらなつかしや。


これ、どういう意味なんでしょうね。
業平になり切って、
業平として懐かしがっているのか。
そうなら幸せでしょうが。
自分が所詮、自分以外の者を演じている、
それに気づいたのだとしたら、
虚しさの極み、でしょうね。


私はまた浮かばれない。
無間の、無明の、
絶え間のない夢にまた墜ちていく。


私はなんとなく、
世阿弥は死者を夢に遊ばせるのを
好んでいる気がするのです。
シテの亡霊に対し、ワキは僧侶。
浮かばれたいの志から、
仏門めがけて
シテは黄泉からやってくる。
けれど、うっかり浮かばれたら、
もう夢を見ることができなくなる。


私は無間の夢に生きる女。
そのために業平を利用する。


ここで私は冷や水を浴びる。
怖いよ、お能は。
そう気づいて、冷や汗をかく。

それでも、好きです、お能が。
地獄の論理を識れるようなので。