奈良大学通信まよい鹿

奈良大学通信教育部に入学しました

瑠璃色の五月 曜変天目茶碗のアクセサリー作り

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今年の五月の日曜は
奈良国立博物館での親子ワークショップに
連続参加となりました。

5月26日、
曜変天目茶碗のアクセサリー作り。
息子は、最終日のこの催しが
最も参加したかったものでした。

講義が始まるまで、
NHK奈良放送局の協力にて
曜変天目茶碗の特集番組を
参考として流していただきました。
「宇宙みたい」と息子。
「地球みたい」と私。


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兵庫県加東市から
レジン作家のさえぐさご夫妻が
奈良に招聘されておいでになられました。
「たいへん貴重な機会をいただけまして、
光栄です」と。

私たちこそ、こんなすばらしい施設で
こんなすばらしい催しを
保護者の入場料だけで受けられて、
ほんとうに光栄です。

未来あるこどもたちは、無償なのです。
すべて彼らの糧と成り得るからでしょう。


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色の配合と、
キラキラのラメを調合。
ちょっと錬金術師みたいです。

「ラメを入れすぎると、
くどくなって、品がなくなります」
と先生からのご忠告。
そう、曜変天目茶碗も、
光が当たらないとただの青い茶碗です。
光が当たると、
えもいえぬ瑠璃色の星を輝かせますが、
それも遠い宇宙の涯から発せられるような
茫洋たる烽火、鬼火、蛍火、です。

つつましく、
それでも光るものは光るのですね。


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宇宙と地球。
曜変天目茶碗がなぜ人を惹きつけるのか、
わかったような気がします。


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爪楊枝に透明のレジン液をつけて、
瑠璃色のベースに落とします。
すると、曜変の文様になります。


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紫外線ライトで固めて、
できあがり。
上品で神秘的な出来栄え、大成功。
息子、大喜び。
「おらの曜変天目茶碗だよ!」


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帰宅して、
レジンのバリをカットして、
鑢で整えると、
ますます美しくなりました。

透明マニキュアでコートすれば
ぴかぴかになりますが、
やっぱりやめておきました。
先生も「今回の仕上がりは、
敢えてぴかぴかにしません」と
おっしゃっていました。

光が当たるとぼわっと底光る、
それが曜変天目茶碗の魅力です。
瑠璃色の奥深さ、しみじみ。

尊敬する染色家の志村ふくみさんも
「日本人に一番似合う色は、藍」と
ほぼ断言しておられました。
藍の色の持つメンタリティは、
日本人のメンタリティそのもの。

藍、紺、瑠璃、深い青。
海、空、山、川、
星宿、深潭、森閑、しじま。
自然と宇宙への憧憬、同化。

私もいつも
ネイビーブルーの服を着ています。
無意識に。
落ち着くのです、
瑠璃色に包まれていると。

さてもさても、
瑠璃色一色で塗られた五月でした。
地球に、宇宙に生まれたことが、
ほんとうにしあわせだと思いました。

愁うることを須いざれ 奈良博のお茶会 唐招提寺の法要

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5月19日の日曜日、
盛りだくさんのイベントが午前と午後に。

午前は、奈良国立博物館
親子ワークショップ、抹茶体験に参加。
茶論(さろん)奈良町店の講師の方と
奈良女子大学茶道部の方々が、
子どもたちへ薄茶手習をご教授。

先ず、保護者がお手本として
薄茶を点てます。
私は一応、5年ほど裏千家
お茶を習っておりましたので……。
二十歳の頃、
春の吉野山野点のバイトもしました。
1日で100杯ほど点てたことも。

お菓子、とてもきれいな菫色。
銘は「瑠璃」。
曜変天目茶碗に合わせて、でしょう。
めずらしい、葛焼きです。
立夏のこの季節にふさわしい、
色、銘、味、光を透かして、きよらか。


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「息子よ、はい、どうぞ」
「ママ、抹茶の色、お菓子に合うね」
「夏の色、やね」
「5月って夏なんや」


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「次はおらが点てる番」
「おらって言うの、どうやろ」
「おなつめ、傷つけたらアカンねんで」
「漆塗りの上等な棗。子どもにこそ
良いもの、使わせてくださるね」


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「むずかしい~」
「センスあるよ、上手上手」
「だんだんおもしろくなってきた」
「お茶って、遊びやから」


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「ママ、はい、どうぞ」
「おいしそうな泡! ありがとう!」
「お味はいかかですか?」
「甘い! これは上等な抹茶やわ!
葛焼きも、こんなきれいな色、初めて」
「なんかぜんぶ上等やね」
「奈良博から子どもたちへの真心、かな」


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お茶会のあとは、奈良博の庭園巡り。
まあ、なんてうつくしい五月の新緑。


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八窓庵。一般公開はされていません。
奈良三名茶室のひとつ。
古田織部好みの、かーっこいい茶室です。


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いろいろすごいのですが、
色紙窓はやっぱりグッときます。


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織部の意匠は誰が見たってかっこいい。
洗練されているのに、
どこかに抜けというか、遊びがあります。
のびしろたっぷりの男、そんな感じです。

息子にひっついてこそ参加が叶った
奈良博の催し。
眼福以外の何物でもない。

息子に茶道の面白さは
まだピンと来ないかもしれませんが、
抹茶の色した奈良博の庭園を
数寄者の母が浮かれ歩いていた姿は、
その記憶に留まることでしょう。


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午後からは西ノ京、唐招提寺
中興忌梵網会(うちわまき)の法要へ。
奈良博の親子ワークショップで製作した
絵うちわが供えられた講堂での法要に、
お招きされたのです。


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金堂と講堂のはざま、鼓楼。
ここからうちわがまかれます。


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講堂での法要は、
声明と舞楽の伴奏とが綯い交ぜとなり、
ふっと、鑑真和上の言葉を思い出しました。
「愁うることを須いざれ、
宜しく方便を求めて、必ず本願遂ぐべし」


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「これ仏法のための事なり、
何ぞ身命を惜しまんや」
ここまでの和上の意志の高みまで
私が及ぶことはまだまだありませんが、
「思い悩まず、正しい道を進めば、
必ず最後までやり遂げられる」との
心の持ちようは、骨に刻めました。


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講堂から眺めた舞楽


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鼓楼から眺めた舞楽


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とても風の強い日でした。


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右下、鼓楼。
手前はもちろん、金堂。

うちわまき、息子が観るのを嫌がりました。
殺気立った空気、触れたくないとの言。
「やさしい気持ちのまま、帰ろうよ」
そう促されると、
肯かざるを得なくなりました。

うちわまき自体、
とても楽しいお祭りです。
地元の方々は始まる15分前くらいに
ゆったりと出向く、
それくらい窮屈でないお祭りです。


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唐招提寺のアプローチ。
西ノ京の風景、大好きです。


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薬師寺。西塔の水煙。
東塔はもうしばらく修繕中。


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鑑真和上は目の光を失くされました。
私も、実は、
視神経に疾患が出てしまいました。
ブログが滞ったのもそのせいです。

私の強みは医学部に勤めていて、
気軽に附属の大学病院に罹れること。
来月、精査を受けます。

いろいろ思い悩む日々ですが、
正しい道を進んでいこう、
そう決めました。

天王寺の妖霊星

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令和元年、もう12日目です。
公私、ことに公の方面へ神経を
遣わざるを得ない状況にあり、
ブログも学業も停滞。
おまけに新しいスマホの操作に手こずり、
とほほ。
ざっくり今日までの足取りを辿ります。

1日から2日は、三重県の賢島へ。
志摩地中海村でモザイクタイルの箱を製作。
モルフォ蝶の標本をイメージしました。
令和の思い出箱、です。

4日は恒例、新緑の吉野山へ。
吉水神社で無意識に手にとったのが、
この温和な意匠の仕事守。
佐藤宮司さんと目が合ってしまい、
引っ込みがつかなくて、購入しました。
切羽詰まっていたんでしょうね。

5日は奈良国立博物館での
親子ワークショップに息子と参加。
オリジナル絵巻の製作、
国宝玄奘三蔵絵を題材としました。
曜変天目茶碗も、遠くからですが、
拝観しました。
正倉院展並みの人だかりでした。

9日はフェルメール展へ。
12日に閉会前の滑り込み。
私は職場の休憩中でしたので、
足早にフェルメールの絵だけを追いました。
で、正直に気づいたことは、
あー、私やっぱりオランダ絵画は
たとえフェルメールであろうとも
そんなに好きじゃないや(爆)、でした。
でも、眼福でした、これも真実。

私は今、職場が大阪天王寺ですので、
通天閣もハルカスタワーも
大阪市立美術館茶臼山古戦場も、
ほぼ目の前です。

むかしむかし、10歳の頃、
「あんたは張作霖の生まれ変わりや」
と見ず知らずの浮浪者に告げられたのも、
ここ、天王寺でした。
天王寺の妖霊星を見ばや」とは
太平記』で天狗が謳った禍の星。
不思議なものです。
まさかその妖霊星の輝く街に
毎日通っているなんて。


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今日は、奈良大学通信の先輩、
ツツコワケさんと普通検索観音さんと
奈良市の率川神社で待ち合わせ。
おふたりは卒業生の同窓会の
遠足帰りです。

私は率川神社に少し早く着いたので、
尾籠な話ですが、トイレを探しました。
率川神社さんには立派な御手洗いがあり、
これは記憶に留めておきました。
奈良散策中のトイレ事情は切実です。


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ならまちのカフェ、「キャラメル」にて。
私のチョイスは
オクタゴンという名のケーキセット。
パティシエ製作の、うならせるお味。
ツツコワケさんのお見立てのお店です。
今日は暑かったので、甘いものが
ボーッとした脳にもごちそうでした。

普通検索観音さんとは初見でしたが、
ブログの文面通りの、
あたたかい、懐深いお方でした。
ツツコワケさんは
昨年お会いした時と同じように、
私の抱えていることが
ツツコワケさんを眼前にすると、
まったくたいしたことがないように
思えてきました。

確かに、私は今、
新しい職場でそれなりのプロジェクトを
負っていますが、
しかし、奈良大学の勉強を1時間、
毎日することのルーティンを
つぶされるほどのものではない、
むしろ、ルーティンを取り戻したほうが、
神経の高揚も鎮静化するだろう、と。

天王寺の妖霊星、
あれも北条高氏にしか聞こえていない、
見えていない星でした。
しかし、妖霊星は彗星、
誰の心にも訪れ、
底光るものだと私は思います。
それならいっそ、
妖霊星に乗ってみよう、と。

先達の背中を見るだけで、
また頑張ろうと思えるものなんですね。
私はなんて、単純なのか。

普通検索観音さん、
また猿沢池を通りましたら
「左府の森」のお話をしましょう。
平家物語』、
長州の普通検索観音さんには
深々と魂魄に染みるものでしょうし。

どら焼きさん、
毛原廃寺の資料、
ありがとうございました。
私もあの付近は車で通りました。
御縁ありましたら、お会いして
お礼を申し上げたいです。

ツツコワケさん、先生です、本当に。
これからも宜しくお願い申し上げます。

大和の東を守る龍 薫風の室生寺

4月どころか、平成も今日で終わり。
スマホを機種変更したので、
ブログに写真を搭載するのも一苦労。

仕事も実は、この春から新しい職場で、
4月から引き継ぎも終えて一本立ち。
めまぐるしい新年度の始まりでした。


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4月28日、大和の東の山の奥、
室生へ出かけました。
新緑のうつくしいこと、うつくしいこと。
ここへ来ると私の心は土門拳(爆)、
下手は合点承知、
カメラのシャッターを切りまくります。


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本当はお参りを済ませてからでしょうが
到着したのが午後2時と遅く、
おなかぺこぺこでしたので、
室生寺門前の旅館「橋本屋」で
山菜料理をぱくついてしまいました。

ここは先述の写真家土門拳氏の定宿。
大和の情緒風情に富んだ料理旅館です。
私も室生寺へお参りするときは
必ずここの山菜料理を口に運びます。

胡麻豆腐、酢の物、煮物、田楽、
白和え、大和芋、とろろ汁、天魚、
やっぱりどれも素材が良くて、
自然の恵みの有難さを味わえます。
精進料理に通じるお食事は、
おなかいっぱいになりますが、
胃もたれは無縁です。


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橋本屋の目のまえ、
室生寺の太鼓橋。


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ふりかえると、橋本屋。
橋を渡る、川を越えるとは
異なる世界へ向かうこと。


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室生寺
石楠花の石段。
なんてやさしいおもざしの石段なのか。
どっこい、
実際に登ると石がごつごつして、
けっこう手強いのです。


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金堂。
特別拝観期間で、
国宝の十一面観音菩薩立像を
間近で拝観できました。

ものごころつかないほど幼いころから
何度目にしてきたのか。
しかし、毎回見るたび、
初見の新鮮さに居住まいを正されます。

十一面観音、
限りなく本尊に近い脇持仏。
女人高野だけに、
女性的と謳われてもいますが、
私はこの十一面観音を
女性的と思ったことは一度もない、です。
これは少年、天才少年、
聖徳太子像に似通う、
目覚めた者の厳しさをまとうもの、です。

いつもいつも
この水神の移し身の菩薩には、
滝に打たれる気分になります。


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本堂。


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金堂。


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弥勒堂。


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五重塔
この近く、伝北畠親房墓所
雷に打たれて割れた杉の大木があり、
そのすさまじい傷痕から
この地がどんなに
瀟洒な塔や淑やかな花々に彩られ
女人高野と謳われようとも、
雷鳴と稲妻に貫かれる
水神の室(むろ)である事実を、
思い知らされました。


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とはいえども、
石楠花のすきとおるようなうつくしさ。


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私は白い花が好きですが、
石楠花はやはりこの薄紅色が
花の色の代名詞でしょうか。


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石段のふもと、薄茶のお手前。
室生寺の紋を象った干菓子。
葵の御紋と、徳川綱吉の母桂昌院の家紋、
九目結紋(ここのつめゆいもん)。
茶碗は鯉幟の絵柄で、
これは息子に合わせてくださいました。
お茶も干菓子もおいしかった、
300円だなんて、びっくりお値打ち。


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室生寺には何度も来ているくせに、
名物の「もりもと」の草餅は
食べたことがありませんでした。
ちょっと並ばないといけないので、
敬遠していました。


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今日は出足が遅れたので、
反ってお食事も拝観もスムーズに運び、
もりもとの草餅も5分ほど待てば
買えました。


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焼いたほうが粒餡。
そのままが漉し餡。
両方買って食べ比べ。

……お、い、し、い……!

私は草餅が好物でいたるところで
草餅を食べてきましたが、
ここの草餅がいちばん、おいしい!
餅が溶けそうにやわらかくて、
餡は甘すぎず、蓬が香る香る!
うわー、今まで損したー!
何回も何回もこの店の前、
通ってきたのに!

いや、馴染みのつもりでも
まだまだ何にも知りません。
草餅ひとつで、
自分の無知を教わりました。

もりもとの草餅、
粒餡も漉し餡もおいしいですが、
私の好みは焼いたほう、粒餡です。
その場で出来立てを食べるのがベストです。

おいしいものを食べて、
うつくしい自然と深い歴史に触れて、
私の平成はこうして幕を引くのです。
いやいや、
令和の幕開けも、私は草餅をむにむに
食べているはずです。

草餅ひとつで、私はしあわせ。
大和の東を守る龍、
もとは猿沢池に住まっていたのが、
緑に満ち満ちたこの地に移って、
それはそれはしあわせでしょう。

みずからに忠実に 宇治の若き王

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4月6日
京都は宇治に遊びました。
宇治までは、
我が家からは車で1時間もかかりません。
とても身近な「京都」なのです。


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宇治の町並みは、
いたるところお茶の香りが漂います。
平等院の門前なんて、
緑の芳香、馥郁たるもの。


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いや、やはり観光地。
人が多い多い。
奈良に近くとも宇治はやはり京都です。

しかし、平等院
お寺という感じは、正直、しません。

眺めることを軸として、
人が立ち入るようには
作られていない平等院は、
きれいきれいに作られた雛壇のような、
藤原摂関家の「離宮」でしかない。

奈良とは随分ちがう。
距離はそんなに離れていないのに。
私は宇治に来るといつも、
京都の文化の繁殖力に圧倒されます。

総じて美に重きがおかれている。
それが採るべき道だったのか、と。

私は平等院の裏手、
源頼政の墓を見つけ、
やっと祈る気持ちになれました。
死を覚悟して
甲冑を身に着けずに
宇治川の戦いに挑んだ77歳の名将が、
私にはとてもなつかしい
慕わしい存在なのです。


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宇治川では
お花見の縁日が催されていました。
宇治川はとても豊かな河川です。
勢い流れる力強さ。
源氏物語』の宇治十帖の舞台ゆえ、
なんだか「もののあはれ」っぽい
印象がついていますが、
宇治は古来より戦場にあり、
「まつりごと」の拠点でもありました。


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宇治に来ると必ずお参りするのが
宇治上神社です。
祭神は、応神天皇仁徳天皇と、
菟道稚郎子(うじのわきいらつこ)です。

応神天皇仁徳天皇の合祀は、
無礼千万は承知で、
まあ、お愛想、でしょう。

この宇治の地は、
宇治の若き王という名の、
菟道稚郎子のものでした。

この宇治上神社も対の宇治神社も、
ただ宇治の若き王ひとり、
その自死せざるを得なかった
宇治の真の王者のたましいひとつ、
慰撫する社にちがいないのです。


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本殿。
平安時代後期の造営で、
神社建築としては最古の現存。
粛々とした心地になります。

菟道稚郎子自死の方法は
よくわからないのですが、
宇治川に関わる方法で
亡くなった気がします。

追い詰められて亡くなった、
というより、
みずからすすんで此の世に
別れを告げた、そんな気もします。

宇治の王者は
武者であるより学者でありました。
もうひとりの兄、
大山守を宇治川に入水せしめて
殺した様子は、
聡い宇治の王者には自身の未来の姿に
見えたのではないでしょうか。

大山守へ対する菟道稚郎子の挽歌は、
異様なほど、哀切に満ちています。

  千早人 宇治の済に 渡代に
  立てる 梓弓真弓
  い伐らむと 心は思へど
  い獲らむと 心は思へど
  本方は 君を思ひ出
  末方は 妹を思ひ出
  楚なけく 其処に思ひ
  悲しけく 此処に思ひ 
  い伐らずそ来る
  梓弓真弓

恣意ですが、
大山守と菟道稚郎子は同一人物だと
私は思っています。
もしくは、志を同じくした兄弟だと。

海の都、難波(なにわ)を本拠地とする
大鷦鷯(おおさざき)王子すなわち
のちの仁徳天皇の標的は、
あくまでも宇治の若き王、ただひとり。

父はなぜ私を愛したのだろう。
私の人生はままならないものだった。
せめて命は自分で終えたい。
そう決めて末の弟は
死んでいったのではないでしょうか。
長兄、難波の覇王に殺される前に。

梓弓真弓の挽歌は
もしかしたら、
難波の王が宇治の若き王へ
詠み散らしたものかもしれません。

兄は、父よりも、深く、強く、
弟を惜しんでいたのかもしれません。

古事記』に刻まれた
宇治の若き王の歌は、
ひとの心の悲しさと優しさが
万古不易のものだと
とこしえに指針するものです。

緑に薫るような人間性
そんな歌を詠んだ者と見なされる、
宇治の若き王はそういった
人となりだったことの、あかしです。


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晴天に桜、とても美しかった。
どうかこの桜を手向け花に、
宇治の若き王のたましいが
安らぎますように。


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私は敗者ばかり
追いかけている気がします。
敗れた者にしか、
真実は掌握されないから、でしょうか。

菟道稚郎子の同腹の妹は、
曽爾で青春の命を懸けた、あの
女鳥王(めどりのみこ)です。
なんとすさまじく
みずからに忠実な兄と妹なのでしょう。

ふたりとも、私の心の友、です。


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宇治では必ず
永暦元年(西暦1160年)から
宇治川のたもとで茶屋を営んでいる
「通圓」で茶団子を買います。
ここの茶団子、あまり甘くなくて、
抹茶が濃くて、20本買っても
すぐなくなります。

私も息子も抹茶に限らずお茶が大好き。
主人もここの茶団子だけは
ぱくぱく食べます。
定番中の定番は、
「?」と訝るものも多いのですが、
ここの茶団子は名に劣らぬ美味しさです。

しかし、
こわくなるね、宇治川
ものすごい水の量と
うねるような急流。

宇治、
記紀の古戦場のみならず、
軍記『平家物語』の舞台。

宇治の若き王、
また訪ねてまいります、
どうか待っていてくださいね。

てのひらの浄土 飛鳥資料館

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3月31日、飛鳥資料館へ。
ここは山田寺跡の近くにあります。
この施設の中へ入るのは初めて。
道をはさんで向かい側に
葛専門店の天極堂。穴場です。


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明日香村に点在する史跡のレプリカが
ここに集結しています。
ここへ来れば飛鳥の考古資料、
美術資料が気軽に一望できるので、
なんというか、けっこうお値打ち。
このとおり、
亀石にも、堂々と凭れられます。


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いろいろすばらしかったのですが、
意外にもいちばん目を奪われたのが、
入り口前のこのロッカー。


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何気に、息子とふたり、
飛鳥資料館オリジナルの塗り絵を勤しむと、
山田寺出土の銅板五尊像の
実物大のカードをいただけました。
これは、じわじわと歓喜がこみ上げました。

7世紀後半の中国製の銅板。
当初は金メッキで輝いていたそうです。
きっと、山田寺の建立者、
蘇我倉山田石川麻呂か、
彼に近しい人物の持仏だったのでしょう。

文化財学講読Ⅱの講義で深澤先生が
「古代の高貴な人の自死の手段は、
縊死といって布で自分の首を絞める。
自分の首なんか絞められない、
そう思っていたけど、
専門家に訊ねるとそれは存外、
可能なんだよね」と仰っていました。
私も知人の医師から
「最も確実な自殺方法は、ハンギング」
と聞いたことがあり、
古代人、特に高貴な人は皆、
知っていたんだと思いました、
確実に自死できる手段を。
つまりそれだけ、
常に死と背中合わせであり、
また、
不様に死に損えない身上にあったのだと。

石川麻呂は、あのあたりで亡くなったんだ、
自分で自分の首を絞めて。
そう山田寺跡を眺めると、
彼の娘の越智郎女や
彼の孫の持統天皇の忸怩たる思いが、
透けて見えてくるようでした。

ある論文に、
斉明天皇が「皇孫(すめみま)」と認めたのは
大田皇女と建皇子のふたりだけとあり、
鸕野讃良皇女のちの持統天皇
それに含まれていないことを知りました。
父と母を同じくするはずの三人が、
何この区別、この気持ち悪さ。
持統天皇が、
みずからの蘇我氏の血を大切にした理由も、
透けて見えるようでした。

持統天皇が実益の統治者であったのは、
斉明天皇とはなんとも対照的だとは、
以前から私は思っていました。
夢など見ている有余もなかったのでしょう、
持統天皇は、幼いころから。
いえ、もともと
そういう気質の人だったのかも知れません。

鸕野讃良皇女のちの持統天皇の目には、
絢爛豪華な山田寺、その金堂の前、
自決した祖父の無念の籠る甃(いしだたみ)、
それだけが見えていたにすぎません。

ただ、そこに感傷ひとつ、
転がっていたわけではないでしょう。

「当時は謀反の疑いをかけられたらもう、
終わりだった。
たとえ、無実でも。
権力のそば近くに在る、
いくばくかの権力を持つ、
それがどれほど危険なことか、
石川麻呂の最期が如実に顕わしている」
深澤先生が仰っていました。

孫はみずからがどちらの道を採るか、
祖父の最期から、
みずからに選択を迫ったのでしょう。

咬まれるか。咬みつくか。

祖父の無念を
感傷など人並みの諦念で済まさない。
それが孫の選んだ道でした。


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亀石のレプリカに乗る息子。
彼の向いているあたり、山田寺跡です。

私は持統天皇が好きか嫌いか、
よくわからない、です。
尋常ではない立場に生まれ育った女帝を、
好悪の感情で分別するのは、
何か間違っている気がするのです。

ただし、敗者へ礼を尽くす持統天皇に、
私は粛然とします。
二上山大津皇子を掲げた、
これは私には
respectにしか思えないのです。
誰が何と言おうとも。

さても、
てのひらの浄土。
敗者の魂を安寧へと、みちびきたまえ。

奈良親子レスパイトハウスへ

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3月30日、東大寺へ向かいました。
大仏殿の西、指図堂の白い馬酔木。
春のはじまり、東大寺の境内は
柳の緑や三分咲きの桜で、
ほのぼのとしています。
指図堂のおびんずる様にご挨拶をして、
さらに西へ。


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奈良親子レスパイトハウスへ。
指図堂の隣がレスパイトハウスなのです。
30日と31日は、奈良地元作家各位による
慈善作品展がここで催され、
私は息子ともどもお招きされました。

窓口のAさんから
「瓊花さん、Rくん、お待ちしていました。
ご入会の手続きと活動のご説明の前に、
富和先生にご紹介しますね」と。

レスパイトハウス代表の富和清隆先生は、
東大寺福祉療育病院長でもあります。
先生はあたたかくやさしい方で、
「深澤先生の生徒さんですね。
お話はうかがっています。
ようこそおいでになられました。
今日はゆっくり楽しんでくださいね」
と私に仰られた後、
息子に笑いかけられました。
「僕、何年生? 4月から3年生?
へえ、おおきいね、おおきいほうだよね。
うん、君は、なんでもできそうだね!」
息子は富和先生に
「はい、なんでもお手伝いします」
と答えました。


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私は絹糸を染めて織り上げた
布のコサージュを買いました。
こういった誰も持っていないような
コサージュがほしかったのと、
収益はレスパイトハウスへ寄付されるので、
より一層、良い買い物をしたと満足。


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古式ゆかしい和建築のレスパイトハウス。
お庭は椿が散って木蓮が花盛り。
蟻の巣をつついたり、
タツムリのからを見つけたり、
古代蓮の鉢のメダカを見せてもらったり、
座敷で抹茶を一服したり、
息子はすっかりレスパイトハウスに
なじんでしまいました。

Aさんに「Rくん、工作、得意かな?
レスパイトに来られるお子さんに、
折り紙とかお絵かきとか、
いっしょにしてあげられるかな?」
と問われた息子は
「得意だよ! なんでもできるよ!」
と嬉しそうに答えました。

さて、私は何ができるかな?
ひとつ課題が増えました。


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帰路に着く際、
Aさんに「レスパイトハウスと
指図堂の間の道をまっすぐ南へ降りて、
小川の橋を渡って、丘を登っていくと、
東大寺整肢園(福祉療育病院)の前、
ほぼ満開のみごとな桜の大木があります。
ぜひ訪ねてみてください」と教わりました。

息子とふたり、
おお、途中で道がないけど、
とにかく進み、
わあ、ほんとうに小川がある!
と探検しながら丘を登りました。
すると。

ああ、あれだ、すごい、すごい、
降るような花、なんてきれい!!
いのちいっぱい、咲いてるね。


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東大寺の境内はとても広大。
指図堂や戒壇堂のあたり、
観光客も手薄。
でも実際は、このあたりが最も美しい。

今日、レスパイトハウスへ向かって
僥倖でした。
たくさんの慈悲に与りました。

いちばんいいものを、
こどもたちへ捧げたい。
レスパイトハウスも、その隣の幼稚園も、
もの静かですが実際はとても
豊かな立地にあります。
東大寺の真髄です。